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東京地方裁判所 昭和28年(行)68号 判決

原告 小糸容器株式会社

被告 本郷税務署長

訴訟代理人 横山茂晴 外三名

補助参加人 利久醗酵工業株式会社

主文

被告が補助参加人利久醗酵工業株式会社の滞納処分として昭和二十七年六月十日別紙目録記載の建物について為した差押処分はこれを取消す。

訴訟費用中補助参加人の参加によつて生じたものは補助参加人の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一項同旨及び訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めると申し立て、その請求の原因として、

「被告は昭和二十七年六月十日補助参加人利久醗酵工業株式会社(以下参加会社と略称する)の滞納税金の徴収のため別紙目録記載の建物(以下本件建物という)について滞納処分としての差押(以下本件差押という)を為し、同年七月三十日その旨の登記を了した。しかし本件建物はもともと原告の所有に属しており参加会社の所有には属しないものであつて、被告の為した本件差押処分は滞納者に属しない財産につき滞納処分として為すものであるから違法である。原告は昭和二十八年七月二十日本件差押のあつたことを知つたので同年八月四日被告に対し書面で再調査の請求をしたが、右書面は要件を欠いた不適式のものであつたので改めて同月十九日適式の書面で被告に再調査の請求を為したところ、同月二十九日被告は原告の再調査の請求は理由なしとして棄却の決定を為し、その旨同月三十一日原告に通知したが、本訴提起の当時本件建物について公売手続が進行中であつていつ公売が実施されるか知れない状態にあり、国税徴収法第三十一条の四により審査請求を経ないで本訴を提起することについて正当の事由がある場合に該るから、審査請求を経ないで本件差押処分の取消を求めるため本訴に及んだ」と述べ、被告の主張事実に対する答弁及び再抗弁として

「昭和二十四年九月七日原告は訴外鈴木高次から金六十万円を弁済期昭和二十五年三月八日利息年一割利息の支払方法は毎月末との約束で借り受け、その債務の担保として本件建物に鈴木のため順位第一番の抵当権を設定することを約し、昭和二十四年九月一二日その登記を経たこと、右貸借にあたり右抵当権設定登記のため本件建物の発記済権利証を鈴木に交付したこと、昭和二十五年五月一日右鈴木は参加会社に対する債務の代物弁済として原告より鈴木への所有権移転の登記を省略し原告から参加会社へ移転する形式で本件建物の所有権移転の登記を了したことは認めるが、その余の事実はすべて争う。

仮りに被告主張のように原告と鈴木との間に条件付代物弁済の合意が為されていたとしても、原告はその期限である昭和二十五年三月八日債務の本旨に従つて履行の提供をしたのに、鈴木は本件建物の登記済権利書等を原告に返還することができなかつたため弁済を受領することができなかつたもので、原告はなんら履行遅滞の責を負うべきいわれはないのであるから、鈴木は本件建物の所有権を取得するに至つていないのである。」と述べた。

被告指定代理人は、本案前の抗弁として「原告が本件差押処分のあつたことを知つたのはおそくとも昭和二十八年七月九日頃であるから、右処分に異議があれば国税徴収法第三十一条の二の規定により当該処分のあつたことを知つた日から一カ月以内に再調査請求を為すべきであるのに原告は右期間内に再調査請求を為さなかつた。そして原告が被告に対し再調査請求を為したのは右法定期間の経過後である同年八月十九日に至つてであつて、被告は右請求に対し宥恕すべき事由ありと認めて好意的に審理した上同月二十九日理由なしとして棄却の決定を為したものに過ぎないから、本訴は適法な再調査の請求を経ておらず従つて行政事件訴訟特例法第二条の訴願前置の要件を欠いた不適法な訴である。」と述べ、本案について「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、請求原因事実に対する答弁及び抗弁として「被告が参加会社の滞納税金の徴収のため原告主張の日に本件建物の差押処分を為し、その主張の日に差押の登記を経たこと、本件建物はもと原告の所有に属していたこと、原告主張の日に原告の再調査請求を棄却する決定を為し、その主張の日に原告に通知したこと、本件建物の公売手続が進行中であることは認めるがその余の事実は争う。原告は昭和二十四年九月七日鈴木高次から金六十万円を弁済期昭和二十五年三月八日利息年一割利息の支払は毎月末日との約束で借り受け、その債務の担保として本件建物について順位第一番の抵当権を設定し、且つ期限に右債務を履行しないときは代物弁済として本件建物の所有権を鈴木に譲渡することを約し同人に原告会社代表者の白紙委任状及び本件建物の登記済権利証を交付し、昭和二十四年九月十二日抵当権設定登記を了した。ところが原告は期限に債務の本旨に従つた履行をしなかつたので、昭和二十五年三月八日右建物は鈴木の所有に帰したところ、鈴木は昭和二十五年四月十八日参加会社に対する全二百万円の手形債務のうち金百万円の代物弁済として本件建物を茅ケ崎市所在の同人所有の不動産とともに参加会社に譲渡し、同年五月一日原告より鈴木に対する所有権移転登記を省略し原告より参加会社に移転する形式で本件建物の所有権移転登記を完了した。従つて本件建物の所有者は参加会社であるから、同会社の税金の滞納処分として為された本件差押は適法である。」と述べ、原告主張の再抗弁事実は否認すると答弁した。

〈立証 省略〉

理由

まず本訴の適否について考えるに、原告は本訴において本件建物が自己の所有に属することを主張し、被告が他人に(参加会社)に対する滞納処分として昭和二十七年六月十日この自己の所有に属する本件建物につき為した差押処分の違法を攻撃し、その取消を求めているのである。ところで何人と雖ども他人に対する滞納処分のため自己の財産の差押を受け、これを処分されるいわれはないのであつて、たとえ右の財産が公売に付され第三者に買受けられたとしても、これによつて右財産に対する所有権を喪失することはないのである。なぜならば公売は税務官吏がその執行権力によつて為す執行処分ではあるが民事訴訟法における競売の場合と同様に公売において買受人が物を買取する関係は納税義務者との私法上の売買であつて、公売における買受によつて買受人が原始的にその物の所有権を取得することにはならないからである。(もつとも動産の公売の場合には民法第百九十二条により買受人が保護される場合は多いであろうけれども、それは右法条の保護を受ける結果であつて原始取得するためではない。)そして他人に対する滞納処分として自己の財産を差押えられた者は国税徴収法によつてその救済を求めることができるのは勿論であつて、すなわち同法第十四条によつて収税官吏に対しその取戻請求を為し、或いは同法第三十一条の二同条の三によつて処分庁たる行政庁に右差押処分の再調査の請求を為し、又その監督行政庁に審査の請求を為して行政庁の再考を促し、更に同法第三十一条の四によつて右処分に対し抗告訴訟を提起して救済を求めることができるのであるが、かような手続を経ることなく、右差押によつて開始した当該財産に対する滞納処分の完了するまではいつでも直ちに右処分庁を相手方として訴をもつて自己の所有権を主張して当該財産について為された滞納処分の排除を求めることができるものといわなければならない。けだし前述のように再調査の請求または審査の請求をしなかつたとしても当該差押または公売が有効に確定してしまうものでもなく、公売が完結しても真実の所有者はいつでもその所有権を主張することができる(但し登記の欠缺を主張するについて利益を有する第三者に対しては対抗要件を具備することの必要なのはいうまでもない)のであるから、公売の完結するのを待つまでもなく、その違法な財産の差押及び公売によつて生ずる不利益を早期に排除することができるといわねばならないからである。

以上説示したように他人に対する滞納処分のため自己の財産について差押を以て開始した滞納処分を受けたものは、当該処分の完結するまではいつでも訴願手続を経ることなく、自己の所有権を主張して右の財産について為された滞納処分の排除を求める訴を提起することができるものというべきところ、原告が本訴において訴求するところは、国税徴収法第三一条の二、同条の三、同条の四によつて再調査の請求及び審査の請求を経たと主張してはいるが、本件建物が自己の所有に属することを主張して被告が参加会社に対する滞納処分として本件建物について為した滞納処分の排除を求める目的を以て本件建物の差押処分の取消を求めているものと認められるから本訴について適法な訴願を経たか、又は艀願を経ないことについて正当な事由があるか等の点について判断するまでもなく、本訴は適法であるといわなければならない。

そこで進んで本案について考えてみると、本件建物が原告の所有に属していたこと、昭和二十四年九月七日原告は鈴木高次より金六十万円を弁済期昭和二十五年三月八日利息年一割利息の支払は毎月末日との約で借り受け、その債務の担保として本件建物に順位第一番の抵当権を設定し、昭和二十四年九月十二日その旨の登記を経由したこと又その頃本件建物の登記済権利証を鈴木に交付したこと、鈴木は同人の参加会社に対する債務の弁済のため原告から鈴木に対する所有権移転登記を省略して原告から直接参加会社に所有権を移転する形式で登記手続を為したことは当事者間に争いがない。

そして被告は昭和二十四年九月七日頃原告が鈴木に対し期限までに金六十万円の債務を弁済しないときは本件建物をもつて代物弁済するとの合意が成立したと主張するけれども、被告挙示の全立証をもつてしても右主張事実を認めることができない。もつとも証人鈴木高次の証言によれば、原告が金六十万円の賃金債務を期日に弁済しないときは本件建物を鈴木の方で自由に処分するという約束ができたと供述する部分があるけれども同証人のその余の証言を検討し、後記の諸証拠と照らし考えると容易に措信することはできない。そして成立に争いのない甲第二号証甲第五号証の一、二に証人沢口祐三、同吉田美一、同鈴木高次(但し前記及び後記の措信しない部分を除く)の各証言に原告会社代表者の尋問の結果を綜合すると、昭和二十四年九月頃原告会社では営業用資金の入用に迫られたので原告会社代表者小糸福太郎と同郷人であり又同業者である鈴木高次に右資金の融通を求めて折衝していたが、昭和二十四年九月七日鈴木より金六十万円を本件建物に順位第一番の抵当権を設定することにして借り受けることになり、その貸借契約を公正証書に作成するため右鈴木及び小糸福太郎と原告会社の使用人吉田美一が公証人牧野勝の役場におもむき、そこで抵当権設定金銭消費貸借公正証書(甲第二号証)が作成されたが、右貸借に関する約定については右公正証書のみしか作成されておらず右公正証書には代物弁済についての合意はなんら記載されておらないこと、その頃右小糸は鈴木に本件建物に抵当権を設定したので同人に本件建物の登記済権利証及び白紙委任状を交付しておいたが、これは建物を担保に供するため通常行われている方法であると考えて為したものであること、昭和二十八年九月十二日右公正証書により合意に基いて原告の使者吉田美一と鈴木の使者尾形某の二人で東京法務局葛飾出張所へゆき司法書士沢口祐三に依頼して本件建物に順位第一番の抵当権の設定登記を了したこと、昭和二十五年五月一日原告会社より参加会社への本件建物の所有権移転登記の申請に使用された原告会社代表者の委任状(甲第四号証の三がそれである)は前記小糸が鈴木に交付した白紙委任状とは別のもので、原告会社の小糸及び吉田の全然関知しないものであり、原告会社代表者印及び会社印の捺印されたのみの罫紙に右鈴木が委任者たる原告会社の所在地及び代表者の氏名を記入したうえ、右司法書士沢口の事務所に持参したのを、沢口が原告会社の所在地及び代表者小糸の氏名を訂正し書き画直したうえ受任者の氏名、委任事項及び作成年月日をタイプライターで印刻して作成されたとことが認められる。右認定と矛盾する証人鈴木高次の証言部分は信用しない。そうすると右事実から右委任状は右鈴木が原告会社印及び代表者小糸福太郎の印を冒用して作成したものであり、本件建物をもつて原告の鈴木に対する金六十万円の前記債務の代物弁済に供するとの合意はなかつたものと推測されうるのである。他に被告の抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。

そうだとすると鈴木は本件建物の所有権を取得するわけはなく、鈴木からその所有権を譲受けたという参加会社もまた本件建物の所有権を取得するに由ないものといわねばならない。従つてその余の点について判断するまでもなく、本件建物は原告の所有に属するものであるから、これに対して為された本件差押処分は違法であること明らかである。

よつて右差押処分の取消を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条、第九十四条後段を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 飯山悦治 岩野徹 井関浩)

物件目録〈省略〉

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